2016年12月22日木曜日

「『偶然』と『運』の科学」 なるほどそうですか!

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
   あらためて偶然と運とは何であるか考えていただきます。
 偶然とか運の事例を知っていただきます。
 こういうことを研究している人たちがいることを知っていただきます。
 私の偶然・運の事例を知っていただきます。

ねらい:
 偶然を自分の運に引き寄せる努力をしてみましょう。
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これは、世の中で起きることには、
偶然とか運とかがある、ということを実証している
非常に興味深い図書です。




















訳者あとがきではこう書かれています。
本書は、
イギリスの一般向け科学雑誌「ニューサイエンティスト」
に掲載された(1990年から2015年まで)、
偶然や不確実さやランダムにまつわる27篇の解説記事を
まとめたものである。

以下に概要をお伝えします。

第1章 ここにいることの幸運

灼熱の地球からどうやって生物が生まれ人類に至ったか、です。


進化では説明できない最大の謎は、
無機物からどうして複合有機物が生まれたかです。


1953年に
メタンとアンモニアと水蒸気と水素の混合気体を入れた試験管で
放電を起こすことによって
アミノ酸(単純は有機物)が生成される実験に成功したシカゴ大学の
学者がいました。
アミノ酸生成はあまり難しくない偶然のようです。


アミノ酸から
たんぱく質のような複雑な高分子化合物を生成するのは、
何らかの偶然であろうということのようです。
(詳細は私には理解不能です)


第2章 偶然VS脳

ジャンケンや賭けなどは、偶然か運か、コントロールできるのか、
の章です。
ここでの特筆事項は、これです。

ジャンケンは出す人の癖(ランダムではない)があるので
それを見破ると勝てる。
多くの場合は、最初にグーを出す。

1998年に日本の数学者芳沢光雄氏が
725人のジャンケンの手を調べたら、
 グーが35%
 パーは33%
 チョキは31%
だった。


僅かな差ですが、無意識の時に出しやすい順番のようです。
赤ちゃんは指を握っています。
チョキは最も高度な指の動きが必要ですね。

ルーレットも機械の特性があって
あらゆる数字が同じ確率で出るのではないようです。
その状況をPCに入れて大儲けをした人がいるそうです。

科学的発明が偶然に左右されているかどうかについても
興味深い報告があります。

ペチュニアの色をもっと紫にしようとして
色素遺伝子を追加したら白くなり、
このことによって遺伝子の発現を抑制するRNA干渉
という事実の発見になった。

塩素化した糖化合物が殺虫剤になるかどうか
テストしろと上司に言われた化学者がテイストした結果、
甘味料の発見につながった。

心臓病の治療薬として研究されていたバイアグラが
別の機能が発見されヒット商品になった。

フレミングによるペニシリンの発見は偶然だった。
この場合、フレミングは細菌を殺す化合物を探していたのだが、
意図しない方法で偶然発見できたのである。

こういう場合を「見せかけの偶然の発見」と呼ぶらしい。
「間違った船に乗って正しい目的地に着いた」
ようなものだそうです。
そういうことは他でもあるようです。

偶然の発見がどの程度あるかの調査が
行われたことはありましたが、
論文で偶然に言及しているのは8.3%しかなかったそうです。
実際にはこれより多いだろうと言及されています。

地道な努力だけで発見がされるのではないほうが、
研究者の希望があってよいと言っています。
そうでしょうね。

もう一つ、前向きになれる報告をご紹介します。

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もっと大勢の人に″自分の運の程度″を評価してもらって、 
一連の実験やアンケートをおこなった結果、
運の良い人と悪い人との大きな違いが浮かび上がってきた。

運の良い人は、たとえば人脈を作ったり、
おおらかな心構えで生活したり、
新たな経験を受け入れたりすることで、
チャンスを作ってそれに気づく能力に長けていた。

また、厄介で重大な問題に直面したときには、
自分の直観に耳を傾けてより効果的な決断を下す傾向があった。

運の良い人は、未来は幸運な出来事に満ちていると信じている。

そうした予想がおのずから実現するのは、
それによって自分や周りの人に刺激を与えるからだ。

最後に、運の良い人はとくに立ち直りが速く、
不運な目に遭っても、たとえばもっと悪い事態を思い浮かべたり、
自分の置かれた境遇を手なずけたりして立ち向かうことができる。

研究の最終段階では、運の良い人と同じように考えて
行動することで運を高めることができるかどうかを調べた。

心理学の分野では、その手の変化をめぐってかなり異論が多い。

根本的な性格は脳の中に組み込まれていて変化しにくいと
考えている研究者もいる。

それに対して私のような研究者は、性格のいくつかの面は
本当に変えることができると信じている。

研究では、自分は運が良いとも悪いとも思っていない
人のグループを集め、
通の良い人と同じように考えてもらうために工夫した、
一連の単純な訓練をおこなってもらった。

たとえば毎日数分間、自分の人生のプラス面に
意識を集中させ、人とより多く交わり、
もっとおおらかな心構えで生活してもらった。

そして数か月後に、彼らの幸福度や健康状態、
そしてもちろん自分はどれだけ運が良いと考えているかといった、
生活の質を評価した。

結果として全般的に被験者は、
より幸せに、より健康に、より運が良くなっていた。

要するに、考え方や振る舞い方を変えると、
実際に長期にわたって人生を良くすることができるのだ。
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「第3章 数を読み砕く」

確率論などです。
特筆事項は、ベイズ論と頻度論です。


両者は発生が不確実な事象の発生率を予想する方法ですが、
頻度論はかなりの数のサンプルが得られる場合に
その確率を算定する方法です。


しかし、十分なサンプルが得られない場合に、
各種の関連状況証拠から推定を行うのが、ベイズ論方式です。
学会ではけっこう強い論争があるようです。


分かりやすい例で言うと、米国大統領選挙で
サンプリング調査の結果でクリントン氏と予想することに対して
(頻度論)、
国民の心理状況等を考慮してトランプ氏と予想する(ベイズ論)
ようなものです。

著者は両者の長所を組み合わせて使う方法も提起しています。


「第4章 私の宇宙、私の法則」

要約は不能です。
この中にアインシュタインが言った「神はサイコロ遊びはしない」
(科学的に説明できないことはない)に対するアンチテーゼで
「神はサイコロ遊びをする」という説が入っています。


「第5章 生物のカジノ」

生物の進化の仕組みに迫ります。
生物の進化は、
DNAの突然変異(偶然)とその後の「自然選択」によることは
定説になっています。

自然選択は、
突然変異を起こした個体が環境により適応できるようなら
その変異が種に引き継がれていくということです。

興味深い例が紹介されています。

進化しつつある個体群がたどる正確な道のりは
もっぱら偶然に左右されるかもしれないが、
それでも結果は互いに似ていることになるかもしれない。

例えば翼や鰭が何度も独立して進化したのは、
飛ぶ方法や泳ぐ方法が限られているからだ。

北極と南極の魚は、
それぞれ同じように機能する不凍たんぱく質を
互いに独立に進化させている。

いくつものヘビの系統は、
捕食したイモリが分泌する毒に対処するための
それぞれまったく同じ方法を、
互いに別々に生み出している。

DNA本体に影響を与えない形質の変化があることが
分かってきています。

例えば、妊娠しているラットに殺真菌薬を注射すると、
そのオスの生殖力が2世代以上にわたって低下する。
ところがこの薬がオスのDNAを変化させることはない。

今では、
DNAやそれをくるむたんぱく質に
一時的な”タグ”が付けられたり
あるいは精子や卵子に特定の分子が含まれたりするなど、
何種類ものDNA以外の遺伝形質のメカニズムが
発見されている。

そのことによって、
同じDNAから異なる形質の個体が生まれてくることが
説明できています。


終章「第6章 偶然を生かす」

編者の考えるまとめです。

「迷子になろう」が結びの編ですが、
「われわれの生活から
すべての不確実性を取り除いてしまうことはやめておこう」
という主張をしています。

おすすめシステムやGPSのような安全技術に縛られることで、
リスクに対する人々の寛容さが
変わりつつあるのではないだろうか。

ワシントンDCにあるピュー研究センターによれば、
アメリカではここ数年、自動車の運転を習う10代の子供が減り、
自転車の売上が急激に落ち込み、
若者たちはたとえより良い仕事に就けたとしても
別の州に引っ越したがらなくなっているという。

私もこの説に賛成です。
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そこで改めて「偶然」と「運」について考えてみました。

本書ではその定義はされていません。
原題は Chance です。
たしかにChance は偶然も運も含んだ言葉です。

偶然とは何か
 あるタイミングで起きること(持続することは偶然と言わない) 
 起きる可能性がかなり低いこと
 起きることが予想できないこと
                                        (予想して励むことは偶然にならない)
 再現性のない条件で発生すること

 
 サイコロは6つのうちのどれかなので偶然と言わない。
 ルーレットも少し母数が多いが有限の中で起きるので
   偶然と言わない。
 街角で10年以上もあっていない友人とばったり出会う、
                             これは偶然です。
運とは何か
 起きる可能性が低いことが起きること。
  良いことが起きる→運が良い。
  悪いことが起きる→運が悪い。
 起きることが予想できる場合も含む。
 再現性がある場合もある。
  宝くじに何度も当る人もいますね。

私は、くじ運には恵まれず、
宝くじは「当たることを予想して」20数年買い続けていますが、
未だに千円以上は当ったことがありません。→運が悪い

しかし東大付属高校入学の際、
百倍以上の競争率だったと思いますが当りました。→運が良い
ここは教育研究の目的があってか、
試験なしの抽選だけで入学者を決めていたのです。

私が運が良かったのはこれだけです。
この時に運を使い果たしたのだと思っています。

ここで、私が経験した大きな2テーマで
偶然か運かの例題演習をしてみます。


MIND-SAの爆発的?普及

1984年に創業した当社の前身企業で
ライセンス料数百万円のMind-SAが
250社にも売れたのは以下の条件の結果です。

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1.私が帝人時代に日本能率協会の年間通しのセミナに
                                                                               参加したこと。

2.そこで講師の吉原賢治さんと知り合い
                                                          二人とも酒好きだったこと。

3.吉原さんの所に転職後、
       システム開発方法論prideと知り合ったこと。

4.その縁で米国ツアーに参加しSCSのYさんと知り合ったこと。

5.Yさんの要望で、Mind-SAの母体を
         SCS殿の社内マニュアルとして開発したこと。

6.Mind-SAの提供を開始したその年にジャスコ社長になった
  F氏に第1号ユーザになっていただいたこと。
  日本では実績のない商品は決して売れません。

7.その頃、日本はバブル時代であったこと。
  開発方法論などという信用第1の商品なのに
  「日本」の「零細企業」が提供するものが売れたのは、
  バブル時代で日本企業に余裕があったからです。
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この7条件のどれか一つが欠けても
MIND-SAの驚異的普及はなかったのです。

これは偶然ではないですね。
運が良かったのでしょう。

わが社または私がMind-SAの提供をしていなくても、
誰かが同様の商品を開発したかについては
ほとんどありえなそうです。

なぜなら、システム企画の方法論は、
次の条件が成立しないと開発できないのです。

1.システム企画の経験を積んでいる。
2.開発方法論の「真髄」を学んでいる。
3.分析的アプローチが得意である。
 (それでないと方法論は作成できない)

それぞれ日本で1%の比率で該当者がいると仮定します。
そうすると、3条件併せ持った人は
掛け算で100万分の1となります。

当時、システム関係に従事していた人は100万人程度です。
ということは1人しか該当者がいないのです。

でもこのことは、ある時間の長さで起きたことですから
偶然とは言わないでしょう。

運が良かったとは言えそうです。


 結婚は人生最大のチャンス

私の場合、
結果的には「結婚しても良かったかな」と思う女性が
3人いました。
高校時代が1人、帝人勤務時代が2人です。

このうち二人は、「偶然」名前が子の付く同じ3文字でした。
この一人とは学校まで歩く道でほぼ10分、
もう一人とは通勤の電車でほぼ10分、
毎日のように時間を合わせて一緒になり
わくわく話に夢中になっていました。

それでもそれ以上には進みませんでした。
手も握っていません。
その二人とも美人で才女でした。

もう一人は可愛い純真無垢の努力家でした。


いずれも、私に結婚という選択肢がなかったから、
それ以上に進まなかったのです。

今の妻との出会いはこういう経緯です。

空手部仲間で1番の親友と学生時代は
しょっちゅう飲んでいました。
大阪勤務から帰って来た時に、
彼がよくいくスタンドバーに連れていかれました。

その時、たまたまアルバイトできていたのが
現在の妻です。
感情の強さに負けました。

これも偶然と言わないでしょう。

人生では、しょっちゅう新たな人と会います。
そのたびに偶然とは言いません。

たまたま、その日だけ友人の代りにいた、
というなら偶然でしょうか?

結果的には他の女性と結婚しないで、
妻と結婚できたのは運が良かったのでしょうか。
そう思いたいですね。
子供は二人恵まれ、東大と早稲田にいき、
孫3人は元気で夢のある状態なのですから。


こうしてみると、
人生において意味ある偶然というのはそうはないもののようです。

皆様はいかがでしょうか?







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