2015年12月1日火曜日

「腐ったリンゴをどうするか?」

【このテーマの目的・ねらい】
目的:
 「社会的手抜き」とは何かを知っていただきます。
 それはどんな時に起き、
  どんな対策がありうるのかを知っていただきます。
 手抜きの男女・国による違いを知っていただきます。

ねらい:
 皆様の今後の行動の参考になさってください。

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私の現在の関心事は、
先進国中最下位の日本の労働生産性を改善する方策です。
その観点から当書を読んでみました。

本書は、たくさん置いたリンゴは、
一つが腐ると周りのリンゴも腐ってくる
ということを題材にした研究報告書です。

著者は、大阪大学の人間科学研究科の教授で、
日本における「手抜き」研究の第一人者だそうです。

そんな研究領域があるのでしょうか。
何でも専門領域ができるものなのですね。

このテーマの「手抜き」は集団行動における場合です。

1.手抜きはどの程度起きているのか、
2.どんな場合に起きやすいのか、
3.男女差はあるのか、
4.国によって差があるのか、
5.手抜きが起きない対策はどうすればよいのか

が記述されています。

個人の場合の手抜きは、
怠け者か重視しない対象の場合かで、
単純にその人の思考法や性格によりますので
別テーマです。


順に見ていきましょう。

1.手抜きはどの程度起きているか

 仕事中の居眠り
  国会議員の居眠りが取りあげられています。

 仕事中の私的スマホ/PC利用
  周りから分かりにくいのです。
  かなりの人が経験あり
  という調査結果が報告されています。

 大人数の会議
  無駄の象徴で業務効率化となると、
  真っ先に取り上げられるテーマです。

 ブレーンスト―ミング
  オズボーンが提唱したアイデア出しに有効
  と言われている方法ですが、
  必ずしも好成績ではないという実験結果が報告されています。

  個人ごとに考えておいてその後寄せ集めた方が
  新しいアイデアが出ました。
  みんなでやると「手抜き」が起きているという説明でした。
  初耳で、「なるほど」です。

  また、「人の話を遮らない」というルールがあるために、
  思い付いた時にすぐに発言できずに
  せっかくの思い付きを言いのがしてしまう、
  という「生産性のブロッキング現象」ということも起きるのだそうです。

  アイデアの質は、
  実行可能性と独創性の組み合わせで評価できる。
                実行可能性    独創性
  良いアイデア        〇         〇
  平凡なアイデア       〇                   ☓
  クレージーなアイデア   ☓         〇
  悪いアイデア        ☓         ☓

  これは面白い分類ですね。
    よほど運営に気をつけないと
  「平凡なアイデア」になってしまうということでした。

  学者さんは、いろいろな実験や理屈付けをするのですね。

チーム作業
  人数が多くなると参画しない人が出てくる。
  そのとおりです。
  私たちが実施している研修のチーム演習では
  5人を超えると討議に参加せずに黙っている人が出てきます。


2.集団行動においてどんな場合に手抜きは起きやすいのか

これについては、4つの要因が挙げられています。

1)評価可能性
 個人が評価されるようになっていない場合

2)努力の不要性
 自分が頑張らなくても結果に影響しないと思う場合
 
3)手抜きの同調
 周りに手抜き者がいて咎められない場合
 
4)他者の存在による緊張感の低下
 周りでやっている人がいて依存心を持つ場合

例1 筆者が10年ほど前、鹿児島本線で通勤していた時のこと

 列車の暖房が熱すぎて座っていられないほどだったので
 しばらくして我慢できずに車掌に申し出た。
 ところがいつまでたっても改善されなかった。

 1)決まりどおりにやっている車掌としては、
  変えても評価されないと思っているのであろう。

 2)乗客は「誰かが言ってくれるだろう」と思っている。

 3)4)鉄道職員はたくさんいるので、
  自分だけがこのようなことに煩わされたくないと思う。

 この点からすると、私は「クレーマー」と言われるほど、
 行政にモノ申しています。

 1:戸越公園に犬を入れる問題
   「公園に犬を入れないでください」
   という立て札が無視されていることを放置しているのは
   子供の教育上困る、という申し入れをした件です。
   何度も申し入れして改善案の実現をみました。
   
 2:我が家の前の公園に
   不要になった乗り物玩具を持ち込む問題

 私は、思っていても行動する人はいないだろうと、
 2)「努力の不要性」を認めていないのです。
 
 筆者は一度車掌に申し入れしてそのままにしていましたが、
 私はやり始めたら目的が達成されるまで
 とことん追求します。

 上の2の場合は単なる改善の申し入れをしてダメだったので、
 50人の署名を集めて実現しました。

例2 筆者が20年ほど前の梅雨のとき、
 自家用車で駅まで行く途中、大雨で道路が冠水していて
 車がストップしてしまった。

 仕方なく、1人で押していたがなかなか動かない、
 横を通る高校生たちは
 おもしろげに見ていて助けてくれなかった。

 これは、
 1)服や靴を汚して助けたとしても評価されないと思っている
 3)みんなも助けようとしていない
 という解釈ができる。

 その時
 中年の会社員風の男性二人が革靴のままで助けてくれた。

 それは、
 社会的手抜き心理を超えた義侠心や同情・憐みの心のせい、
 あるいは似たような経験があったのではないか、
 と解釈されています。

 この場合は、義侠心などの心が
 2)の努力の不要性を打ち消していると解釈できます(上野)。

3.手抜きに男女差はあるのか

男性の方が女性よりも手抜きをする
という実験結果が示されています。

みんなの力が結果を左右するという条件を与えるときは
男性は手抜きをしている。
男性の方が課題達成に拘る傾向があるので
要因2)が働くのに対して、
女性は人間関係を重視するので要因2)は働きにくい
という解釈です。

4.国による違い
基本的にはどの国でも手抜き現象はみられる。

日本(大阪大学)と中国(そのレベルの大学)の
大学生対象の実験結果

中国人
 ペアで作業する際、
 相方の能力が低い場合は手抜きをしない(自分が評価される)、
 相方の能力が高い場合には手抜きしやすい(放り出す)

日本人
 ペアでの作業時、
 相方の能力が高いとそれに追いつこうと努力する。
 相方の能力が低い場合に手抜きをしないのは中国人と同じ。

つまり、社会的手抜きは社会的行動ですから、
いわゆる国民性が影響するのです。

5.手抜きに対する対策その1総論
 手抜きの反対現象「社会的促進」「共行動状況」

これについての解説がありました。
こちらは前向きの話です。

集団による動機付けの上昇を示す現象を
「社会的促進」というそうです。

「社会的促進」
他者が自分の行動を観察している状況や
共行動している状況の時に起きる。

教室で試験を受けるとき、オリンピックの競泳等の場合です。

慣れた単純作業なら共行動する際に
社会的促進が起きる、すなわち成績が上がる。

ところが新しく不慣れな課題だと
共行動で成績が下がる、これを「社会的抑制」という。
緊張によるものと解釈されている。

やさしい課題はみんなで、
難しい課題は1人ずつで、ということになる。
→なるほど。
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私から見ると本題から外れていますが、
こういう興味深い解説がありました。

集団で議論すると起きやすい偏った結論の傾向

1)リスキーシフト
 「赤信号、みんなで渡れば怖くない」の論理で、
 ハイリスク、ハイリターンの案を選ぶ。

2)共有情報バイアス
 実際には価値ある個人個人が持っている情報によらずに、
 みんなが持っている陳腐な情報に基づいて結論をだしてしまう。

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運動競技の新しい技術を身につけたり、
第2外国語を学習する場合、
最初は1人で学習する方が効率が高いことは、
多くの研究によって証明されている。

なるほど、それなら当社の研修でも難しい演習は、
初めに個人で予備学習をさせた方がよいのですね。

「社会的補償」という状況も説明されています。
これは、相方の能力が低いと思う場合には
その分も埋め合わせようと頑張ることを言っています。
手抜きでなく頑張りが起きるということです。

その実験結果も紹介されています。

「社会的補償」はこういう場合に起きるということを
「浪花恋しぐれ」の歌詞を題材にして解説されています。
「なるほど」です。

1)課題の重要性が高く、かつ同僚の能力が低い
 重要性が高いということは自分への影響が大だということ。
  
2)一緒に仕事をしている相方から当分逃げられないい
  (惚れた弱み)

3)仕事を始めた初期に現れやすい
  その内に疲れてきて諦める。諦めない人は凄い!

4)集団のサイズが小さい
  大きい場合はムリして頑張りませんね。

ケーラー効果ーー能力の低い人はどうすれば頑張るか

実験によれば能力の差がほどほどの場合に
低い方の人が頑張る(ケーラー効果が出る)結果が出ています。
差が大きすぎると諦めるか放置するのです。

したがってほどほどの目標を与えてがんらせるのが基本です。
実際そういう指導があらゆる場面で行われていますね。

ケーラー効果の起きる要因
1)上方比較
 自分が低い場合に上を目指す傾向

2)社会的不可欠性認識
 自分の不成績は全体に迷惑をかけるので頑張る傾向

男性は1)が強く、女性は2)が強い。
男性は、個人指向的、自己主張が強く、対象を道具とみる傾向が強く、
社会的地位にこだわり他者を支配しようとする指向性がある。

女性は、
相互依存的、集団指向的(友好的、非利己的、他者指向的)である。

のでそうなるという解釈です。

上野注:それは人類の狩猟時代からの名残りです。
男は外に狩りに出かけます。
その時は個人の力での命を賭けた勝負です。
女性はその間、子供や老人を守ります。
そうなりますね。

6.手抜きに対する対策 その2各論
解説は上野が付けています。

1)罰を与える
 そうですが、監視に骨がおれますね。

2)社会的手抜きをしない人物を選考する
 それができれば世話はありません。
 しかし、
 手抜きしない人間が他の面でも優秀かどうかは疑問です。

3)リーダシップにより仕事の魅力向上を図る
 成果に対して何らかの報酬を与えることや
 素晴らしいリーダシップで部下を鼓舞し方向付けを与える
 ことを言っています。

4)パフォーマンスのフィードバックをする
 個人は自分の位置づけがほどほどの場合に
  (高すぎても低すぎてもダメ)
 頑張ろうとするので、
 そのくらいの意識付けができるようなフィードバックを行うのです。

5)集団の目標を明示する
 集団の目標が明確であれば、
 自分の目標が手抜きの他者並みでなく集団の目標になります。

6)パフォーマンスの評価可能性を高める
 ここは著者
 この1方向は個人の行動の監視を行うことである、
 これを「外発的動機づけ」という。
 これはある程度は効果があるが限界がある。

 そこで「内発的動機づけ」を高めることが効果的である。
 その一つの方法が個人の役割を明確にすることである。
 集団成員の中の個人が、集団活動のどの部分を担っていて
 全体の目標達成にどの程度貢献できるのかが分かるようにする。
 
7)腐ったリンゴの排除/他者の存在を意識させる
 落書きやごみの散乱が他の落書きやごみの散乱を誘発し、
 盗みという犯罪をも増加させる実験や事例が紹介されています。

 私の身の回りでもそういうことは常に起きています。

 他者の目や神仏の存在を意識させることも有効である、
 と述べられています。

 手抜きに対する耐久性のない集団は
 大きくなるほど手抜きが増えるので組織を分割する必要がある。

8)社会的手抜きという現象の知識を与える
 一般に社会手抜きの現象が起きるという知識を与えると、
 手抜きが減るのではないかということです。
 その実験も紹介されています。
 その効果は状況によるということでした。

これまでの対策を整理すると以下のような図になります。




















その解説は以下のとおりです。

この図の横軸は「個人ー―集団」であり、
縦軸は「積極ー―消極」である。
この中で好ましい対策は図の上半分の積極的対策である。
これに対して、実施が容易な対策は図の右半分に位置する
個人に対する対策であろう。

積極的対策のほうが
長期的効果が期待されるであろうが、
これで効果がない場合には消極的対策を取らざるをえなくなる。

また、個人に対する対策の方が
目標を定めやすく具体性が高いと考えられるが、
集団全体を変革しないかぎり効果は限定的となる。

このようなことを勘案して、
筆者の対策の優先順位は次のようになる。

第1位 第1象限 個人に対する積極的対策
第2位 第2象限 集団に対する積極的対策
第3位 第4象限 個人に対する消極的対策
第4位 第3象限 集団に対する消極的対策

特に、優先順位の第1位と第2位が同時に実施できれば、
最も効果的な手抜き対策になるといえる。



著者にはたいへん失礼ですけれど、
対策の結論は常識的であまり面白くないですね。
現象と原因が分かれば対策は自ずとでてくるものですから。

冒頭で述べました私の関心事(日本の労働生産性を高める)
に有効な情報以下のとおりです。

対策3)リーダシップにより仕事の魅力向上を図る
対策4)パフォーマンスのフィードバッックをする
対策6)パフォーマンスの評価可能性を高める

すべて個人に対する積極的対策です。

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